令和5年度 排出クレジットに関する会計・税務論点等 調査研究報告会 要約


■ まえがき ■

 2015年パリで行われたCOP21/CMP11において、2020年以降の新たな気候変動に係る国際枠組みを規定するパリ協定が採択された。パリ協定は京都議定書と異なり、全ての国が参加する画期的なものであり、市場メカニズムの活用やイノベーションの重要性も位置付けられた。そしてCOP27 までにパリ協定における具体的な実施細目等の多くが解決し、2050年でのカーボンニュートラル実現への向けた取り組みが加速している。さらに、COP28では、化石燃料からの脱却への表明や長年の懸案であった損失及び損害に関する基金の具体的仕様が決定するなどの成果が上がる一方、いわゆる「1.5℃目標」の達成には依然として各国の努力が要請されている。
 当研究所では、従来から京都メカニズムの会計・税務問題について調査研究を進め、国内排出クレジットに関する会計・税務問題についても幅広い調査研究を実施してきた。今年度も、これまでに蓄積してきた知見をベースに、会計・税務の観点を踏まえて、引き続き気候変動に関する諸問題についての最新動向等について調査研究を行い、産業界さらにはわが国としての気候変動対策の推進に資することを本委員会の趣旨とする。


■ 名 簿 ■

委員長: 黒川 行治 慶應義塾大学教授 名誉教授
 
委 員: 伊藤  眞 公認会計士
委 員: 大串 卓矢 株式会社スマートエナジー 代表取締役社長
委 員: 髙城 慎一 八重洲監査法人 社員 公認会計士
委 員: 髙村ゆかり 東京大学 未来ビジョン研究センター 教授
委 員: 武川 丈士 森・濱田松本法律事務所 パートナー 弁護士
委 員: 村井 秀樹 日本大学 商学部・大学院教授
(五十音順・敬称略)
(令和6年3月現在)
事務局  
     蔵元  進 一般財団法人 地球産業文化研究所 専務理事
     前川 伸也 一般財団法人 地球産業文化研究所 地球環境対策部長 主席研究員
 
(令和6年3月現在)


■ 第1章 開題 ■

令和5年度排出クレジットに関する会計・税務論点等調査研究委員会

                      開題――政策推進の哲学的背景とプラグマティズム――

委員長 黒川行治


 1.ウクライナ戦争とガザ戦争,令和6年能登半島地震下での2回の研究委員会


 終結が全く見えないウクライナ戦争で双方の戦死者がゆうに10万人を越え,さらにハマスによるイスラエル攻撃に端を発するイスラエルのガザ地区掃討作戦で,ガザ地区は200万人の住民にとって逃げる場所もなく「絶望の地」となった。愚かな人間の行為に心を痛めつつ,彼の地から遠く離れた日本では,昨年5月に3年余続いたコロナウイルス禍に対する政府の厳しい対応が5類に移行と緩和され,繁華街の賑わいが徐々に戻り,11月末から12月下旬にかけて,ご無沙汰していた忘年会シーズンが到来した。その平和な日常が新年にも継続するであろうと誰もが予想して元旦のお祝いをしていた夕方,なんと能登半島に大地震と津波が起こり,人的および地域のインフラに甚大な被害が発生した。地震は自然現象であり, 愚かな人間の行為が原因ではない。われわれ人間社会は,人間の行為と自然現象の両方の原因によって,さらにそれらの相互作用によって常にリスクに晒されているということを再確認し,人間社会の脆弱性を思い知って2024年は始まった。
 このような状況において,20年以上継続する排出クレジットに関する会計・税務論点等調査研究委員会は,令和5年度(2023年度)も例年どおり2回開催され,地球温暖化対策に関する世界情勢と日本の政策について最高度の報告と議論が行われた。第1回研究委員会は2023年12月22日に開催され,高村ゆかり委員から「COP28の結果と気候変動に関わる最近の動向」と題するご講演と,三菱UFJリサーチ&コンサルティングの吉高まりオブザーバーから「気候変動に関わるファイナンスの最新動向」と題するご講演に引き続き,経済産業省の木村範尋METIオブザーバーから「COP28 について-今を守る,未来へつなぐ-」と題して,COP28の開催現地であるUAE・ドバイの雰囲気や会議の進捗状況など諸々のお話を伺った。
 第2回研究委員会は2024年2月21日に開催され,経済産業省の石川なな子METIオブザーバーから「クライメート・トランジション・ファイナンスの最近の動向について」と題するご講演と東京都の安達紀子オプザーバーから「東京都の気候変動対策について-キャップ&トレード制度を中心に-」と題するご講演をいただき,委員およびオブザーバー各位によって両議題に関する活発な意見交換がなされた。
 本報告書に掲載される講演および報告資料は,第1回研究委員会および第2回研究委員会における報告内容である。ご講演をしていただいた講師諸氏,ならびに活発な議論に参加していただいた委員およびオブザーバーの皆様に,心より感謝申し上げます。

 2.政策推進の哲学的背景とプラグマティズム

 地球温暖化,マイクロプラスチックによる海洋汚染,熱帯雨林の消滅,生物多様性の喪失などの地球環境の悪化は着実に進んでおり,その背景・遠因である人口の爆発的増加に伴う世界全体での食糧とエネルギー消費量の増加は,革新的な人間社会の変革なくして,この傾向を止めることはできない。ティープ・エコロジーの環境哲学に立てば,生態系の頂点にある「種」の個体数は,人間種以外では少ないのが法則であって,現在に続く人間種の繁栄が始まった数万年前以来の状況は,自然(宇宙)の法則に反している。「この世界の持続的な発展の維持どころか,現状の日常生活の維持すら,もはや手遅れではないのか」という悲観的意見に首肯する人々も増えているように思える。
 しかし,本委員会で毎年議題とされる京都議定書・パリ協定に代表される地球環境の保全に関する国際的取り組み,また,それと歩調を併せ,軌を一にするわが国(日本)における諸政策の提案と実行は,「人間が座して死をまたない種」であることを示しているように思うのである。そこで,今回は,アメリカの文化を特徴づけていると見なされてきた「プラグマティズム」の哲学について,そして,その実証的方法が近現代の科学の常識とされているその方法論との共通性について論じた,ウイリアム・ジェイムス著=桝田啓三郎訳の『プラグマティズム』(岩波文庫(青640-1),2016年(第50刷), 1906年のボストン・ロウエル学会および1907年のニューヨーク・コロンビア大学における講義が源泉)から,誤解をおそれず,私が印象に残った箇所を抜粋・要約して,若干ではあるが紹介しようと思う。
 訳者である桝田啓三郎氏の解説によれば,ウイリアム・ジェイムスは,1842年にアメリカのニューヨーク市に生まれ,1872年以来,35年間の長きにわたりハーヴァード大学の心理学,哲学等の教員を勤めた。本書の哲学上の評価について,「プラグマティズムとして知られる哲学上の運動は,疑いもなくジェイムスのこの講演によって,この書物によって強力におし出されたのであって,アメリカの哲学は,このジェイムスから,ヨーロッパの哲学とは独立な歩みを歩みはじめたと言えるのである」(同翻訳書「解説」319頁。)とされている。
なお,1900年頃の著作『宗教的経験の諸相』(イギリスのエディンバラ大学における招聘講義が源泉,桝田啓三郎訳(岩波文庫(青640-2,青640-3))は宗教学上の重要書とされており,ジェイムスが敬虔なキリスト者であることを念頭において『プラグマティズム』を読んでいくことが肝要である。ちなみに,訳者のプラグマティズム解説(320頁)には,「フルールノアはジェイムスの哲学の特徴としてプラグマティズム,根本的経験論,多元論,偶然論(Tychism),改善論(Meliorism),道徳主義(Moralism)有神論,等を数えている・・・」と記述されており,浅薄の身ながら私も読後に同様の感想を持った。
 前置きが長くなった。以下,私が重要と思った記述箇所を,勝手に標題をつけて紹介することにしたい。紙幅の関係で,本年度の開題では私の考察は省いている。しかし,この原訳書からの引用箇所を読み進めるうちに,プラグマティズムの哲学が,地球温暖化から世界を救済しようとする政策推進の思想的背景に,なんらかの関係性があるのではないかと読者諸氏が感じていただければ,私の開題執筆の目的は達せられる。引用ばかりであり,また勝手な標題を付していることについては恐縮至極ではあるが,引用箇所を明示していることで,本書関係者の皆様にはご容赦いただきたく伏してお願い申し上げます。

 (1)未来思考-よりよき未来への期待(224頁)

 「われわれは前方に向かって生き,後方に向かって理解する」(キルケゴール)。」 「よりよき真理が将来において確立されうるという考え,おそらくそれがいつか絶対的に確立されて過去を統制する力をもつにいたるという考え,この規整的な考え方は,すべてのプラグマティズムの考えと同じく,事実の具体性の方へ,そして未来の方へ,その面を向けている。半ばの真理と同じく,絶対的真理も作らねばならぬもの,験証経験の集積の増大に附随する関係として作らねばならぬものであろう。」

 (2)真理とは(228頁)

 「1.真理とは,妥当なりと承認されるべき無条件的な要求を有する諸命題の体系である。」
 「2.真理とは,われわれ自身が一種の命令的な義務によってなさざるをえないようなすべての判断に与えられる名前である。」

 (3)プラグマティズムと合理論(257-258頁)

 「プラグマティズムと合理論との間の差異の重大さは,これで隈なく見透かされた。その本質的な差異は,合理論にとって実在は永遠の昔から出来上がっていて完全なものであるのに,プラグマティズムにとっては実在はなお形成中のもので,その相貌の仕上げを未来に期待している,というにある。一方においては,宇宙は絶対的に安定しているが,他方においては,宇宙はなお冒険を追求しつつあるのである。」

 (4)「有用性」の強調-人生にとって有用である仮説が「真」(271頁)

 「プラグマティックな原理に立つとき,われわれは生活に有用な帰結が流れ出てくる仮説ならばいかなる仮説でもこれを排斥することはできない。もろもろの普遍概念も,それが考慮されるべきものである以上は,プラグマティストにとって,特殊な諸感覚と同様に実在的なものでありうるのである。もしそれらの普遍概念がなんの用もなさないならば,もちろんそれはなんら意味をもたず,また実在性をもってはいない。しかしもしそれがなんらかの有用性をもっているならば,それはその有用なだけの意味をもっているのである。そしてこの意味は,その有用性が人生の他のもろもろの有用さとよく合致する時,真となるであろう。」

  (5)世界救済の可能性(284-285頁)

 「世界の救済が可能であるというのはプラグマティックにはどういうことを言うのであろうか? それは世界救助の諸条件がいくつか現実に存在していることを意味している。その条件がより多く存在すればするだけ,妨害的条件は より少なくなる。救済の可能性がよりよく基礎づけられていればいるほど,救済の事実はより多く蓋然的となるのである。」

  (6)改善活動・政策実行の哲学(286頁)

 「プラグマティズムが改善論に傾かざるをえないのは明らかである。世界救済の若干の条件は現実に存在しているのであって,プラグマティズムはこの事実に眼をおおうわけにはゆかない。もし残りの条件があらわれてきたならば,救済は完成した実在となるであろう。もちろん,私はいまこれらの言葉を甚だおおまかな意味で用いているのである。諸君は「救済」という語をいかようにも思いのままに解釈されてよいし,またこの救済ということを分布的に局所局所に起こる現象とも,あるいは危機にのぞんで全面的に生ずる現象とも,好むままに解してよいのである。
 例えば,この部屋にいるわれわれの誰かがさまざまな理想を抱いていて,そのために生き,そのために働こうと志しているとしよう。もしそのような理想のどれかが実現されるならば,その実現された理想は世界の救済の一つの契機となるであろう。しかしこれらの特殊な理想はただそれだけの抽象的な可能性なのではない。それは根拠づけられている,それは生きた可能性である。なぜなら,われわれがそれらの理想の生きた選手であり証人であるからである。そしてもし補足的な諸条件があらわれて附け加わってくるならば,われわれの理想は現実的なものとなるであろう。ではその補足的な条件とは何であるか? それはまず,時が満ちるとわれわれに機会を,われわれが飛び込むことのできる機会を与えてくれるような諸事物の混合であり,そしてつまりは,われわれの行為なのである。  それなら,われわれの行為がみずから進路をきり拓くのであるかぎり,われわれの行為がその機会に跳び込むのであるかぎり,われわれの行為が世界の救済を創造するのではないであろうか? もちろん、世界全体の救済を創造するとは言えないが,われわれの行為が及ぶだけの世界の範囲はこれをわれわれの行為が創造するのではあるまいか?」

 (7)神による世界創造の意味(290-291頁)

 「われわれの論議の中心は,世界というものは完璧な姿で必然的に生長するのではなく,部分部分の寄与によって少しずつ生長するものであるという世界の見方であった。この仮説を真面目に,生きたものと考えてみていただきたい。世界の創造者が創造に先立って諸君に向かい,次のように問いかけたと想像してみてもらいたい。「私はこれから世界を造ろうと思うのだが,その世界は済度されるかどうか確かでなく,その完成はただ条件つきなのだ,つまり創造にあずかる者めいめいが自己の『最善』を尽くすという条件がついている。私は君にそういう世界の一員となる機会を与えよう。安全の保証はできないがね。全くの冒険なので,ほんとに危険を伴っている。がしかしやりとげられんものでもない。みんなが協力して働いてはじめて出来てくるという社会事業なのだ。君はこの一隊に加わろうと思うかね。君はあえてこの危険にぶつかって行けるかね,また他の参加者たちにそうできると思うかね。
 そのような世界に加わるようにと申し入れられたとして,どうも安全でないから,といって諸君はその申し入れを拒まねばならぬと本心から思うだろうか? そのように根本的に多元的で非合理的な宇宙の一部分となるくらいなら,いっそのこと,悪魔の声でしばし目を覚まされてしまったが,またもとの仮睡へ戻った方がましだ,と諸君は言うであろうか?
 もちろん,諸君が正常な人であるなら,そんなことをしようとは思わないであろう。われわれたいていの者にはそういう宇宙にうまく適応させてくれる弾力のある健全な心がそなわっている。」

 (8)人生は厳粛(295-296頁)

「人生は「厳粛」だとわれわれは考えているが,この事実そのものは,免れがたいさまざまな否と喪失とが人生の一部を形作っていることを,どこかに全くの犠牲があることを,そして永久に烈しく苦いものが人生という杯の底につねに残るものだということを,意味しているのではあるまいか?」

 (9)英雄的行為への応援(298頁)

「神の栄光のためには汝らは永劫の罰をも甘受するか,と問われて,「諾」と答えたかの清教徒たちはこのような客観的な寛い心の状態にあったのである。この世において悪からのがれる道は,悪を「止揚」し,本質的な要素として悪を全体のなかに保存しておくことではなく,悪を「制圧」するにある。悪をことごとくふるい落とし,悪を海中に捨ててこれを乗り越え,宇宙をして悪のありかと名前までも忘れるようにさせることである。
 このようにして「厳粛さ」の要素の取り除かるべくもないかかる激しい種類の宇宙を心から受け容れることは全く可能なのである。かくするものは誰であれほんとうのプラグマティストであると私は思う。彼はいまだ確かめられないもろもろの可能性を信頼し,進んでそこに生きようとする。彼の抱く理想を実現するためには,必要とあれば,おのれ自身を賭することもいとわないのである。」

(10)神の存在仮説に関するプラグマティズムによる理解(299-300頁)

「プラグマティズム的原理に立つと,神の仮説は,それがその語の最も広い意味で満足に働くならば,真なのである。神の仮説に伴うさまざまな困難はなお未解決のまま残るであろうが,この仮説がたしかにはたらいていること,そして問題は,他のすべての働いている真理と満足に結びつくようにこの仮説を作り上げ規定してゆくにある,ということは経験がこれを示している。」

■ 第2章 国内外の政策動向 ■

 
 
・<情報提供> COP28について(経済産業省)
 
 


■ 第3章 気候変動にかかわるファイナンスについて ■

 
・3-1 気候変動に関わるファイナンスの最新動向 (三菱UFJリサーチ&コンサルティング)


■ 第4章 地方公共団体の動向について ■

 


■ 第5章 (参考)環境価値会計について ■

 


■ 第6章 議事要旨 ■
令和5年度委員会議事要旨






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